帰命無量寿如来  南無不可思議光  法蔵菩薩因位時  在世自在王仏所  覩見諸仏浄土因  国土人天之善悪  建立無上殊勝願  超発稀有大弘誓  五劫思惟之摂受  重誓名声聞十方  普放無量無辺光  無碍無対光炎王  清浄歓喜智慧光  不断難思無称光  超日月光照塵刹   一切群生蒙光照  本願名号正定業  至心信楽願為因  成等覚証大涅槃  必至滅度願成就  如来所以興出世  唯説弥陀本願海  五濁悪時群生海  応信如来如実言  能発一念喜愛心  不断煩悩得涅槃  凡聖逆謗斎回入  如衆水入海一味  摂取心光常照護  己能雖破無明闇  貧愛瞋憎之雲霧   常覆真実信心天  譬如日光覆雲霧  雲霧之下明無闇  獲信見敬大慶喜  即横超截五悪趣  一切善悪凡夫人  聞信如来弘誓願  仏言広大勝解者 是人名分陀利華  弥陀仏本願念仏  邪見?慢悪衆生  信楽受持甚以難  難中之難無過斯  印度西天之論家  中夏日域之高僧  顕大聖興世正意  明如来本誓応機  釈迦如来楞伽山  為衆告命南天竺  竜樹大士出於世  悉能摧破有無見  宣説大乗無上法  証歓喜地生安楽  顕示難行陸路苦  信楽易行水道楽  憶念弥陀仏本願  自然即時入必定  唯能常称如来号  応報大悲弘誓恩  天親菩薩造論説  帰命無碍光如来  依修多羅顕真実  光闡横超大誓願  広由本願力回向  為度群生彰一心  帰入功徳大宝海  必獲入大会衆数  得至蓮華蔵世界  即証真如法性身  遊煩悩林現神通  入生死園示応化  本師曇鸞梁天子  常向鸞処菩薩礼  三蔵流支授浄教  梵焼仙経帰楽邦  天親菩薩論註解  報土因果顕誓願  往還回向由他力  正定之因唯信心  惑染凡夫信心発  証知生死即涅槃  必至無量光明土  諸有衆生皆普化  道綽決聖道難証  唯明浄土可通入  万善自力貶勤修  円満徳号勧専称  三不三信誨慇懃  像末法滅同悲引  一生造悪値弘誓  至安養界証妙果  善導独明仏正意  矜哀定散与逆悪  光明名号顕因縁  開入本願大智海  行者正受金剛心  慶喜一念相応後  与韋提等獲三忍  即証法性之常楽  源信広開一代教  偏帰安養勧一切  報化二土正弁立  極重悪人唯称仏  我亦在彼摂取中  煩悩障眼雖不見  大悲無倦常照我  本師源空明仏教  憐愍善悪凡夫人  真宗教証興片州  選択本願弘悪世  還来生死輪転家  決以疑情為所止  速入寂静無為楽  必以信心為能入  弘経大士宗師等  拯済無辺極濁悪  道俗時衆共同心  唯可信斯高僧説



正音寺しょう・おん・じ
  syou/on/ji



浄土真宗本願寺派/安芸教区山県太田組

広島県山県郡安芸太田町中筒賀井仁21−1

〒731-3702 пEfax 0826-32-2823


ご遠慮なくお立ち寄り、お電話ください。

                            



         

盂蘭盆会   8月13日(木)9:00〜
                お誘い合わせ、ぜひご家族でお参りください。
               



目  次
浄土真宗の教章

浄土真宗の生活信条

お寺の概要

ご本尊

内陣・外陣

本堂の彫刻

鐘突堂(鐘楼)
法座のご案内

報恩講・花まつり

心の言葉


仏教婦人会

仏前結婚式

初参式







浄土真宗の教章 

           
         浄土真宗の教章(私の歩む道)
        

  宗名  浄土真宗

  宗祖  親鸞聖人(しんらんしょうにん 1173〜1263)

  宗派  浄土真宗本願寺派

  
本山  龍谷山 本願寺 (西本願寺)

  本尊  阿弥陀如来 (南無阿弥陀仏 なもあみだぶつ)

  聖典  ・釈迦如来が説かれた「浄土三部経 」
          
『仏説無量寿経』 『仏説観無量寿経』 『仏説阿弥陀経』

       ・宗祖 親鸞聖人が著述された主な聖教
          
『正信念仏偈』 (『教行信証』行巻末の偈文)
          
『浄土和讃』 『高僧和讃』 『正像末和讃』 
       
       
・中興の祖 蓮如上人のお手紙
        
  『御文章』

  教義  阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩み、この世の
       
縁が尽きるとき浄土に生まれて仏となり、迷いの世に還って人々を教化する。

  生活  親鸞聖人の教えにみちびかれて、 阿弥陀如来のみ心を聞き、念仏を称えつつ、
       つねにわが身をふりかえり、慚愧と歓喜のうちに、現世祈祷などにたよることなく、
       
御恩報謝の生活を送る。

  
宗門  この宗門は、親鸞聖人の教えを仰ぎ、念仏を申す人々の集う同朋教団であり、
       人々に阿弥陀如来の智慧と慈悲を伝える教団である。それによって、自他ともに
       心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する。

 

   

浄土真宗の生活信条


浄土真宗の生活信条  

   1.み仏の誓いを信じ 尊いみ名をとなえつつ 強く明るく生き抜きます

    1.み仏の光をあおぎ 常にわが身をかえりみて 感謝のうちに励みます

    1.み仏の教えにしたがい 正しい道を聞きわけて まことのみのりをひろめます

   1.み仏の恵みを喜び 互いにうやまい助けあい 社会のために尽します

 

                          

お寺の概要

  
 井仁の南斜面上方に立つ「浄土真宗本願寺派」の古いお寺。

 井仁トンネルを出たところで右上遠方に赤瓦の本堂屋根を見ることができる。

 正式名称は法照山(ほっしょうざん)正音寺(しょうおんじ)。

 起源は西暦1181年といい、平安時代(!)に遡る。

 ただし、1592年に浄土真宗に改宗。

 現在の住職が第20世。

 現在の六間四面の本堂は、昭和10年から昭和14年にかけて

 建て替えられたもの。

 木材はすべて裏山・近隣からの懇志及び天上山村有林からの

 払い下げによる。

 特に向拝(ごはい)柱のケヤキの大木は本堂裏山から切り出されたもので、まだ山にケヤキ

 材があった最後の時代といえる。

 この時代は井仁にはまだ自動車が上がらなかった。山の木は“そま”と呼ばれる人が、山に

 小屋を立てて現地で製材し、冬の雪を利用して運び出した。

 屋根瓦は井仁から約1km下の付近まで車が来たので、そこから人力で背負い上げた。

  5,6歳の子供の時、瓦1枚を背中に負って手伝ったという人の話を聞いた。




 

ご本尊


                     
 
御本尊は
阿弥陀如来立像。当寺改宗よりさらに昔、推定鎌倉時代のものと伝えられている。

衣の部分の金箔ははげて黒くなっているが、肌の部分は後世に金箔が塗りかえられたようで

  ある。またその御身丈は約80cmで、一般と比較してかなり大きい。

           

「なもあみだぶつ」ってどんな意味?

 略して「なんまんだぶ」とか「なまんだぶつ」とも称えます。原語は古代インドの言葉で、漢字の

 「南無阿弥陀仏」は中国での音写。「ナモ・ア・ミター・ブッダ」に分解できます。

 「ナモ」は「あなたを信じます」という意味で、「ア・ミター」は「いのち(慈悲)とひかり(智慧)が限

 りない(無量)」ことを意味します。「ブッダ」は仏さま。

 簡単にいうと、「いつでもどこでも私を照らし願ってくださっている阿弥陀仏を信じ、まかせま

 す」ということになります。

 仏さまの方からいえば、「まかせよ、必ず救う」という誓いの呼び声と味わえます。




内陣・外陣    

 

                                              

                    (本堂の内陣)                    (本堂の外陣)

 一般に、浄土真宗のお寺の本堂は内陣よりも下陣の方が広くなっています。これは、儀式や

 修行の場というよりも、お説教を聴聞する寄り合いの場ということが主目的である為です。

 最近は高齢化や正座に慣れない人や、足腰の痛みを訴える人が多く、畳の上に机や椅子を

 設置しています。

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本堂の彫刻

 
      
               
          (本堂正面柱の彫刻)                    

 本堂の欄間(らんま)は見事なケヤキ木彫りの彫刻である。当時の職人の誇りを感じ取ること

 ができる。さながら素朴な美術館のようである。

              (本堂の欄間)・・・天女の無垢の彫刻が素晴らしい

                               

   笙(しょう)・・・色々の長さの竹の管を    琵琶(びわ)・・・しゃもじのような形の

   Uのような形に並べ揃えて吹く管楽器    胴に4本の糸を張り、ばちでならす弦楽器

                               

               縦 笛                        横 笛    

                     

                                                 

        向拝(ごはい)・・・本堂正面の外柱上中央の龍


                                          

 向拝(ごはい)の両柱に彫刻された阿吽(あうん)の獅子(しし)

 左は口を開き、右は口を閉じている。阿(あ)は口を開いて発する最初の音声で、全ての初め

 を意味し、吽(ん)は口を閉じるときの最後の音声で、すべての帰りつくところを意味している。

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鐘突堂(鐘楼)

 
 
  

 数年前の大晦日、除夜の鐘を突きに来られた方が鐘を突く

や、突き棒が外れて落ちてきてあわや大怪我、という珍事が発

生。 「厄除けに来た(?)のにえらい災難に遭った!」と叫んで

新年を迎えられた。

 「浄土真宗に厄除けは無い。諸行無常は当然」と住職。

 新しく棕櫚(しゅろ)の丸太とφ1cmのロープを新調した住職は、丸太をなでながら 「あれは

 もはや過去の話。これなら百人が突いても大丈夫。」と微笑む。

 が、過疎の寺にあってはいまだに棕櫚は活躍の目を見ない。今年、除夜の鐘を突きにきたの

 は百人どころか、わずか10人であった。


            
  ところで本堂前の大黒松の幹には、ごらんのような傷がついている。

 これは戦時中、燃料不足を補うため、松の木に傷をつけて出て来る松脂

(まつやに)を集め、供出した為。

 斜めに等間隔の切り傷を入れ、一番低いところへ空き缶をぶらさげて採取

                      した。歴史の生き証人である。

     ※後記(H17.5.22)

大雪により多数の枝が折れた為、枝打ちをしたのですが、枝を

切り過ぎたのでしょうか・・・大切にしていた松が枯れました。

やむなく松の木を伐採いたしました。ドッと倒れた時、メリメリと

音を立て、まるで木が悲鳴をあげて泣き叫んでいるようでした。

          この時、初めて住職の涙を見ました。 

        年輪を数えてみると約200歳でした。根元の木で念珠を作りお配りしました。

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         法座のご案内                           

 年 間 法 座 予 定 の お 知 ら せ 
元 旦 会            1月 1日  念仏と共に日々を送らせて頂く誓いを新たにします

御正忌法座           1月15日  親鸞聖人の祥月命日(逮夜)のお勤めです

子ども花まつり         4月上旬  子ども会でお釈迦様の誕生日をお祝いします

永代経法座並びに夏法座  6月中旬  故人を機縁として、お経(仏法)にあわせていただきます

  座            8月13日  先人のお導きで仏法に遇えた事をともによろこぶ集い

報恩講並びに秋法座     10月下旬  宗祖親鸞聖人に対する報恩謝徳を営む法要です

子供報恩講           10月下旬  子ども会で親鸞聖人のご恩を喜びます

除 夜 会            12月31日  1年を振り返ってみ仏に感謝の気持ちをあらわします

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      報恩講、花祭り 


   「報恩講(ほうおんこう)」は浄土真宗の宗祖親鸞聖人(しんらんしょうにん・1173〜1263)の命日

 (旧暦11月28日・新暦1月16日)を迎えるに当り、その生涯のご教化に感謝すると共に、み

 教えに遇ったことを喜び合う真宗門徒の最も大切な伝統行事です。

  井仁地区では、正音寺の報恩講が11月上旬に行われ、これを皮切りにそれぞれの家庭

 で順次報恩講がおこなわれます。

  お寺の報恩講では恒例の「おとき」(精進料理)が用意されます。昔ながらの赤い漆を塗っ

 た木の椀で、皆がお供えしたお米や野菜の料理をいただきます。

                        

        (本堂でのおとき風景)                 (おとき)    

      

こども報恩講(平成19年11月17日)

                      

 「正信偈」のお勤めや仏様のお話を聞いた後、クイズやゲーム をしました。今年から

   新しい友達が増えて、にぎやかになりました。 楽しい思い出がたくさん残りますように。

    

  こども花まつり(平成20年4月6日)

   

   4月8日はおしゃかさまのお誕生日、「花まつり」です。
みんなでお祝いしましょう。
  

 おしゃかさまは、いまから約2,500年前のインド(今はネパール)
ルンビニというところでお生まれになりました。

 お母さまがお産のために里帰りのとちゅう、花々が美しく咲きそろうルンビニ園で
ひと休みされた時、アソカ(無憂華)という花の下でお生まれになり、
やがて仏陀(覚者)となられて
私たちの心にいっぱい花を咲かせてくださいました。  

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 心 の 言 葉


   「 行き先さえ しっかり覚えていれば  必ず そこに着くものですよ

 たとえ 反対向きの汽車に乗ったにせよ  “あー 反対だった”  と気づけば

 少々時間はかかりますが  行き先には着くものですね 」

 (鈴木章子『癌告知のあとで』探究社 より)

 鈴木章子(あやこ)さんは、北海道の浄土真宗のお寺の坊守さん(住職の妻)で、昭和63年に

47歳でお浄土にお還りになりました。

 乳癌から肺への転移手術を経て約1年間、死と直面しながらも、

 「ただ事実を大切にひきうけて任せなさい。帰るところは皆一つ」の父の

言葉と、家族や知人に支えられ、むしろ癌になったことによって、

本当に自分の命の意味と還るべき世界があることを気付かれた、味わい深い手記を残してお

られます。

 「今、私が子供達に願うことは、お母さんが癌になって何に気付かされたか、そしてお母さん

 どこへ帰っていくのかということを、しっかり見てほしいと思います。」

と、自分の死は子供たちへ残す唯一の大切な遺産(往生浄土)であるといわれます。

 「悲しみよりも、私のために故郷に灯をつけに還ってくれたのだと思われて、父母の死は感謝

の死でした。」

 「死ぬということは消滅してしまうことではなく、いのちのふる里に帰るだけのことなのです。」                                   





 (東井義雄著述集から抜粋)

   
                     あるお寺の掲示板に、

  「 目をあけて眠っている人の目をさまさすのは、なかなかむずかしい」

 と書いてありました。

 
            「 目をあけて眠っている人」とは自分のことではないか・・・

                   人間は、無くてもがまんできることの中に幸せを追い求め、

                   それなくしては、しあわせなど成り立ちようのない大切なことを

                   粗末にしているのではないでしょうか。

                  「あたりまえ」の素晴らしさの見えない人、

                    そういう人を「目をあけて眠っている人」というのだと思いました。




                                              

              あたりまえ

              こんなすばらしいことを、みんなはなぜよろこばないのでしょう

              あたりまえであることを

 
              お父さんがいる

             お母さんがいる 

             手が二本あって、足が二本ある

             行きたいところへ自分で歩いてゆける

             手をのばせばなんでもとれる

             こんなしあわせはあるでしょうか

             しかし、だれもそれをよろこばない

             あたりまえだ、と笑ってすます

             食事がたべられる

             夜になるとちゃんと眠れ、そしてまた朝がくる

             空気を胸いっぱいすえる

             走りまわれる

             みんなあたりまえのこと

             こんなすばらしいことを、みんなは決してよろこばない

             そのありがたさを知っているのは、それを失くした人たちだけ

           なぜでしょう  あたりまえ

                            『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』井村和清(祥伝社刊)より

                                                               








「菊づくり 咲きそろう日は 影の人」 (吉川栄治)                 

  
  華やかな菊花展で見事な花をめでながら、ここまで掛けられた

手間の大変さには、なかなか思いが及ばないものです。

作者が影にいるからこそ、
花が引き立つのかも知れません。

 「冥加(みょうが)」という言葉があります。賽銭などのように自分の名

を出さないで報謝することをいいます。“冥”の世界に思いを寄せることは、

“お
かげさま”の心をもつことです。またそれが、無限の働きの中に生かされ

ている自分自身に気づくことでもあります。

 井仁の棚田体験会に参加された方より、このようなメールをいただきました。

『稲を束ねておられた女性の人が、最後に穂を拾って歩かれた。どこに持っていかれる

のかと見ていましたら、小川できれいに洗って又持って帰ってハデにかけられました。

子供たちにも教えてあげたいことだと思いました...物を大切にすること。

今の世の中、お金さえあれば何でも手に入ると思っている人が沢山おります。』

 米粒一つを無駄にしない心・・・。小さなものにも感謝する心・・・。

今日、物があふれ何でも手に入り、そのため逆に心が貧しくなってきています。

欲望とともに老いをむかえ、命を終えて行くのでしょうか。

そんな私のことを心に
かけて下さっている、み仏さまの願いに気付かせていただ

きたいも
のです。







 
「裏を見せ 表を見せて 散るもみじ」 (良寛 辞世の句)

                                                                            

  裏と表はそれぞれ何を意味しているのでしょうか。

人の心の裏表、人生の陰日なた、幸不幸、
善悪、生死等々いろんなことが考えら

れますが、表と裏を切り分けて都合のいい方だけを取る
わけにはいきません。

 どちらが本当でどちらが嘘という訳でもなく、ただあるがままを自然に任せて生き、死ぬときは

死んでいく、そんな意味に受け取れます。

 己の都合の悪い面を隠し、ごまかす必要もない、まるごとこの私が受け入れられていく、

そん
な自由なのびのびとした、はからいのない素直な境地が感じられます。

  良寛さんは禅宗のお坊さんでしたが、在家の浄土真宗の信心の味わいとしても、この句を

頂けます。苦悩の日常生活から離れて生活することのできないこの私が、「まかせよ、必

救う」という阿弥陀さまの智慧と慈悲のはたらきを聞かせていただくことによって、

お念仏の日暮しに大きな安心感、落ち着きを得させていただくのです。

  







 「人間はひとりで生まれ、ひとりで死んでいかなければならない身とはいえ、生きているあいだ

は多くの人たちと互いに支え、支えられながら暮らしています。------自分を知り、よびかけて

くれる存在に接すると、落ち着きを得られるということがいえるのではないかと思います。

 忙しく日常生活を送る私たちは、孤独や不安、さまざまな苦悩を抱え、悲しみを抱きながら人

生を歩んでいます。その私たちの姿をすべてご存じで、いつも心配してよんでくださる方がある

というのは大きな安心であり、落ち着きとなります。その存在が阿弥陀さまなのです。」

                              
(大谷光真西本願寺前門主『朝には紅顔ありて』より)

 念仏は私が仏さまを拝む言葉というより、仏さまが私を呼んでくださる呼び声なのですね。

このような私でも必ず仏さまは呼んでくださっている。常に私より先に私に呼びかけて

くださっている。そのことを自からの声を通して味あわせていただくのがお念仏です。

それに気付くとき、本当の安らぎと落ち着きを得られるのではないでしょうか。
                                                                                      
      



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仏教婦人会

H25年12月15日 

   正音寺仏教婦人会第3回日研修旅行

 今年度は本願寺広島別院の報恩講に参拝しました。本堂は4百名近い参詣者で満堂でした。



 法要・法話後、門徒会館 「共命ホール」で

お斎をいただきました。


 帰りに、廿日市市大野町の「やまだ屋」もみじまん

じゅう工場
と、「ちゅーピーパーク」中国新聞広島製

作工場を視察しました。

 日頃、個人ではめったに来れない所なので、皆さん

大変参考になったようでした。






H24年11月16日 

   正音寺仏教婦人会第2回日研修旅行 

       

    庄原市口和町 浄土真宗本願寺派 正専寺「絵解きの館」 に参詣しました。   

    「絵解き法話」は、浄土経典の教えを曼荼羅絵図を通してわかりやすく

   解説する古来からの説法です。

 ついでに、天然重曹泉で“美肌の湯”と

   言われ、神経痛に効くとされる三次市の

   君田温泉で食事と交流を深めました。




H24年3月 

     正音寺仏教婦人会第39回総会出席の皆様 

    高齢化に伴い、年々会員数が少なくなります。

    悲しいことですが、どうしようもありません。








H23年8月1日 

   正音寺仏教婦人会日研修旅行

北広島町奥原の浄謙寺さんでは、イタリ

アン精進料理をいただくことができます。

地元食材で近所の主婦さんたちと手づくり。

とても手の込んだ、美しくて美味なおとき

です。

ご法話を聴聞し、最後にお抹茶の接待も

いただきました。





H20年7月5日 
   
   山県太田組仏教婦人会若婦人研修会(正音寺にて、講師・正音寺住職 大江眞)

 講題 「お釈迦様のご生涯から学ぶこと」 (参詣者70余名)

1月下旬にインド、ネパール仏蹟巡拝に参加したことの感銘

を、写真をおりまぜながらお話させていただきました。

 お釈迦様はネパール・ルンビニの無憂樹(アソカ)の花の下で

お生まれになり、菩提樹の木の元でお悟りになり、沙羅双樹

  (サーラ)の林の中でお亡くなり(涅槃)になりました。自然と共にあったご生涯は、真の自由(無執

  着)・平和(恨みを捨てる)・平等・慈悲を説かれた釈尊のご生涯を象徴していると思います。

     
 

H20年5月20日 

   親鸞聖人750回大遠忌記念「本願寺展」見学研修

広島市中区の広島県立美術館で開かれた「本願寺展」を

見学に
行きました。

その後、すぐ隣の縮景園を散策しました。

(参加者12名)






H16年3月 

      正音寺仏教婦人会第31回総会出席の皆様            

   正音寺仏婦の設立は昭和49年3月で、今年31回目の

  総会を迎えました。

  当時は今のようなパソコンなどは無く、蝋原紙に鉄筆、

  ガリ
版の手書きでした。発足時のたどたどしい手刷りの

  「規約」
がなつかしく思い出されます。

  それにしても、最近は手書きの字にお目にかかることの

  方が少なくなりました。

  ”生(なま)の字”は顔と同じように個性を表します。大切にしたいですね。

  写真の皆様は、ほとんど設立時からの方々です。いつまでもお元気で。

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   仏前結婚式             

 
素敵な「仏前結婚式」をしませんか

  この世に生を受け、愛する人と出会い、夫と呼び妻と呼ば

れる間柄になることは、よくよくの深い因縁によるものです。

苦しみや喜びを共に分かち合い、手を取り合って新しい人生

の第一歩を踏み出すことを誓う結婚式は、私達にとって大切

な儀式です。

  でも、披露宴の派手さや都合ばかりが優先されて、大切なことを忘れていませんか。

結婚式の本来の姿は、自分の宗教や宗旨で挙げることです。

あなたが仏教徒ならぜひ仏前結婚式をお奨めします。

宗教は「私の生き方」です。自分が生きていく上で、根本的な心のより

どころ、支えとなってくださるのが仏さまのみ教えです。

阿弥陀如来の尊前で、夫婦お互いの理解と尊敬と

責任のもとに、慈光につつまれた家庭生活をスタ

ートする仏前結婚式は、新郎新婦はもとより、参列

者一同が仏さまのみ教えのなかに心から慶び合う

ことができる、まことに意義深いものです。


        (写真は、平成20年4月19日 正音寺本堂にて小笠原様挙式)

  仏前結婚式は和風、洋風を問いません。色々なスタイルの挙式を考えることができます。

もちろんウェディングドレスでの挙式も素敵です。             

     

 「式 次 第」 

                   
        1、参列者入堂着席            13、記念念珠授与

        2、行事鐘                  14、指輪交換

        3、開式の言葉               15、新郎新婦焼香

        4、楽(オルガン)              16、両家代表焼香

        5、新郎、新婦、入堂(オルガン)     17、仏教讃歌

        6、司婚者入堂(一同起立)        18、閉式の言葉

        7、司婚者焼香               19、一同合掌礼拝(オルガン)

        8、一同合掌礼拝              20、司婚者退堂

        9、表白                    21、親族紹介(記念写真)

       10、仏教讃歌                 22、新郎、新婦、退堂(拍手)

       11、司婚の言葉               23、参列者退堂

       12、誓いの言葉   

                
                 (  時間は写真撮影を除いて約三十分です)  
                    
 
                   

        

  
 
 自然いっぱいで、なつかしいふるさとの原風景が残る井仁の棚田のお寺で、素朴で低費用の

仏前結婚式をしてみませんか?

 あたたかいおもてなしと、心に残る小人数の家庭的な結婚式をお望みのカップルをお待ちして

います。どのようなご希望にもご相談に 応じます。二人だけの独創的な手作りの式もどうぞ。

                                   (花嫁衣裳の打掛けは無料でお貸しできます。)                

 ご相談は  0826-32-2823 正音寺まで

        メールはここをクリックして下さい。 

     (〒731-3702 広島県山県郡安芸太田町中筒賀井仁21の1 )

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初参式

                                              
人間としてこの世に生を受けることは、きわめて有難いことです。

はかり知れない縁あって受けた尊い人生の第一歩を、お寺へお参りし

て、いただいた いのちをともに喜びましょう。


初参式」は、誕生後三十日から百日位の間に、家族そろってお寺に

お参りし、阿弥陀如来に誕生の喜びを報告して、仏の子としてそだてる

ことを誓う儀式です。「初参り」ともいいます。気軽な服装で結構です。

ぜひ、そろって仏様にごあいさついたしましょう。
                                                             

 また七・五・三のお祝いも、仏教徒は

お寺へお参りしましょう。正音寺でも受

け付けています。

(写真は正音寺本堂にて)

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